←「呼んでェ~!毎日!」10月号。

■今号の特集は秋の伝搬がキーワード


・10月号は、フリラの秋の運用を楽しむ方法が特集のようだ。
特に11mは、夏が終わるとついアクティビティーが落ちてしまいがちだが、Esだけが運用の楽しみ方ではない。グランドウェーブを堪能できるのはむしろこれからだ。

・11mは、新作730DX”タイフーン”が出たようで、新しいリグを使いながらグランドウェーブを楽しむのも、二乗効果?でおもしろそうだ。

・「市民無線の歴史と無線機」はシリーズ1回目のようだが、このシリーズ、永久保存版になりそうだ。




10月号のIt's COTA!! (Cemeteries on the Air)



例の無線友達は、相変わらず707を持ってあちこちに運用に出かけているようだ。もともと墓参りが趣味の彼のことだ、ひょっとしたら、鳥取の浜辺まで運用に出かけているかもしれない。(⇒9月号参照)
いずれにせよ、すっかり例のアマ損事件から立ち直ったようで、元気が戻って何よりである。

ということで、当局の使命も終わり、It's COTA!!の記事を紹介するのも、これが最後になりそうだ(笑。





◆10月号のIt’s COTA!!は、八ヶ岳の麓に住む瞳さんの話のようだ。



 It's COTA!!: 「ラヴェンダーの時」



「そろそろ疲れてきたなー、もうペンションも限界かなって思っていたんですけど・・・」

巌に報告する様に、この一週間にあった出来ごとを話し始めたのは、今日も瞳の方だった。最近、リビングのソファーで二人で話している時間がふえていることが、少し気になっていたが、巌と一緒にいるとなぜか安心するのだ。


先週の水曜日のことだ。夏休みに入るまではまだまだ時間があるし、週末までお客さんの予約は入っていない。夜に向かって特に準備するものは何もないので、少しのんびりしようとしていた時だ。

窓外を眺めていると少年が白い柵の向こうから庭先に入ってくる。どこから現れたのだろう。

さっき、遠くに急に入道雲が湧き上がってきたと思ったばかりなのに、もう小さな雨粒がパラパラと落ちてくる。時刻はまだ二時過ぎ、夕立には早いはずなのに、ガラスを雫が伝わり始めた。

その少年は何かをかばうように、背中を丸めてエントランスに入ってきた。

「あのう、これを持ってきました。」

少年が差し出したのは、ラヴェンダーの大きなドライフラワーの花束だった。スッとさわやかな香りが漂う。観光客ではなく、地元の少年のようだ。

「どなたでしょう。花も頼んだ覚えはないんですが。」

特にラッピングもされていないので、手作りのドライフラワーのようだ。少年は何も言わずに花を手渡すと足早に出ていった。

ここは今雨が降り始めたばかりなのに、ずっと遠くの方はもう晴れ上がって青空が見えている。

少年は中学生ぐらいだろうか、娘が生きていれば同じぐらいの年ごろだったはずだ。

翌日の同じころ、また夕立がやってきた。にわかに光が遮られて小雨が降りだすと、またどこからともなく昨日の少年が庭先に現れた。

少年は、今日もラヴェンダーのドライフラワーを差し出してくる。「寝室に飾ってくださいね」、と今日は念を押すように一言だけ残すと、また駆け出して行ってしまった。すると、すぐに雨は上がり、空にはまた夏の日差しが舞い戻ってきた。

なぜ、見知らぬ少年がラヴェンダーをもってきてくれたのか?不可解だが、なぜかその少年を追いかけて行ってまで追究しようという気持ちは起こらなかった。

余りに良い香りだ。少年は怪しそうな感じではなかったが、確かに昨日もらった花はロビーに置いたままになっていた。瞳には、ラヴェンダーにはある思い入れがあるので、これ以上無下に放っておくことはできなかった。今日は少年の言う通り、とりあえず寝室の机に置いておくことにした。

ラヴェンダーは、3年前幼くして10歳という短い命で逝ってしまった娘の彩花の思い出だ。そのころ彩花は、小学生向けのドラマか、読み物の影響かよくわからないが、あるストーリーにはまっていたようで、ラヴェンダーのエッセンスをうまく混ぜ合わせて嗅げば、タイムトラベルができるんだ、と聞かせてくれた。タイムトラベルという言葉の意味がどれだけ分かっているのか怪しかったが、「タイムトラベルでどこに行くの」、と聞くと、「パパに会いに行く」、と言う。瞳はそれ以上続ける言葉がなかった。

このペンションは、学生時代から付き合っていたパートナーと、二人で意気投合してやり始めたペンションだ。ただ、軌道に乗り始めてからしばらくすると、ささいな行き違いがもとで二人は別れてしまった。瞳が、おなかに子供がいることに気付いたのは、彼がペンションを出ていった後のことだ。

これからは母娘ふたりで仲良く楽しく生活していこうという、希望の灯だった娘も、わずか10年という儚い人生を終えてしまった。どうして運命というものはここまで意地悪なのか。つらいことばかりだ。娘が亡くなってから3年、なじみのお客さんや友だち、近所の仲間に支えられてここまで何とか続けてきたペンションだが、そろそろ限界かもしれない。


少年が持ってきた、出所不明のラヴェンダーは机に置いたままだったが、時々ベッドまで清冽な香りが届いてくる。別に今日一日何をしたというわけでもないが、その日は疲れてそのまま眠ってしまった。


ママ、ママ・・・。誰かがそう言った気がする。
すると、明るい高原の道を、制服を着た中学生の男女が、手をつないで歩いている。
前を行く二人が一旦足を止める。髪の長い少女が振り向いて微笑んだ。
娘の彩花だ。続いて少年が振り向く。ラヴェンダーの少年だ。
二人は再び楽しそうに前を向いてゆっくり歩き始めた。
気づくと自分も誰かと腕を組んでいる。それは巌らしかった。久しぶりに、ふわりとした幸せの感触が伝わってくる。
そして自分も巌と共に、前を行く二人と一緒に前へ進んでいく。


不思議な夢だった。目が覚めても、腕を組んだ時の、懐かしい、少しぎこちない感触が妙にリアルに残っている。それにしても、夢の中にまででてきた少年は、果たしていったいどこの誰なのか。今頃になって俄かに気になり始めたが、瞳には全く心当たりがない。

最近何かあると、すぐに相談に乗ってもらっているのが、同じペンション仲間の巌だ。巌には不思議と何でも話せるので、ここのところすっかり頼りになる存在になっている。

巌は北海道の畜産大学を出て、東京で獣医としてしばらく修行を積んだあと、一人でこの高原へやってきたという、少し変わった経歴の持ち主だ。巌がやってきたのは5年前で、ペンション村の中では瞳より新参になるが、獣医の経験があるので、近隣の農家や酪農家と付き合いが多く、いつの間にか地域の情報通になっていた。ダジャレが好きでひょうきん、それでいてどこか理知的で実直な彼は、常連さんの間でも「巌さん」として親しまれており、まだ独身のせいか、ペンションも特に若い女性に人気だ。

彼には夢のことは何も話さずに、さりげなく少年の心当たりを聞いてみる。彼によると、車で5分ぐらい行ったところにある農家の少年ではないかという。その農家では2、3年前からラヴェンダーを栽培し始めたのだという。オイルやエッセンスを取るということより、どちらかというと自分達の観賞用らしい。この辺りでラヴェンダーを育てているのは、その農家ぐらいで、その農家には中学生ぐらいの少年がいるはずだという。


夢の中で、少年と手をつないだ彩花は楽しそうに微笑んでいた。どんな少年なのか。瞳は、ラヴェンダーのお礼の印として、お得意のクッキーを焼いてその農家を訪ねてみることにした。このお手製のクッキーは、娘が大好きだったものだ。なぜ、久しぶりにクッキーを作る気になったのかは、瞳にもわからないが、夢の中で幸せそうな娘に出会えたからかもしれない。あの少年もきっと気に入ってくれそうな気がした。


その農家は同じ高原でも、山裾を少し登った緩やかな斜面にあった。ラヴェンダーは観賞用と聞いていたが、向こうの林まで植わっている。じっと眺めていると、目に染み入るような紫色の光の中に、ふと少年と娘が再び手をつないで現れてきそうな気がしてくる。ラヴェンダーのお礼ということでやってはきたが、どういう少年なのか、ますます気になってきた。

「あー、あの方の娘さんですね。その節は大変お世話になりまして。本来こちらがお礼申し上げるところです。」

「あの方」というのは自分の父親のことだ。少年の母親まで、なぜ父や自分のことまで知っているのか???瞳は不思議だった。

少年はあいにく不在のようだ。名前は洋一というらしい。


お母さんの話では、以前毎晩9時になると、少年は、山の上にいる瞳の実家の父親と無線機で話をしていたのだという。毎晩15分だけと時間を決めていた交信だ。少年はそのころ学校には行かずに、二階の自分の部屋に閉じこもっていたらしい。

両親はとりたてて学校へ行けと強制することもなく、ずっと黙って見守っていたが、ある日、息子が以前無線に興味があるようなことを言っていたのを思い出し、そっと古びた無線機を手渡してみることにした。事情を聞いたアマチュア無線家の知人が、「この無線機は資格も免許も要らないやつだから」、と差し入れてくれたものだ。

いつの間にか少年はその無線機を使いだしたらしく、たまたま無線でつながり始めたのが瞳の父親だったらしい。ただ、後から母親がその知人から聞いた話では、その知人と瞳の父親とはアマチュア無線仲間で、そんな子がいるなら、自分が交信してみようと自ら志願して、いつつながるかもわからない少年に向かって電波を出し続けていたらしい。だからつながったのは「たまたま」ではない。父が住んでいるのは、盆地を挟んで高原とは反対側の小高い山の上なので、交信には都合がよかったのかもしれない。

父からは何もその少年の話は聞いたことはなかった。瞳にとっては全くの初耳である。しかも、自分のことまで、その少年に話していたとは・・・。


山の上にある瞳のその実家は、山へ上がる道も小型の車が一台ぎりぎりで通れる、まさしくテレビ番組にでてきそうな、典型的なポツンと一軒家だった。一人娘の瞳が週一回通う程度で、父親の一人暮らしになっていた。先祖代々受け継がれてきたその場所を、父は最後まで離れようとしなかった。役場勤めだった頃は、毎日車で街へ下りて、夜家に戻ってくるという生活だったが、退職してからは家の前にある山上の小さな畑で野菜などを育てながら、寧ろ山上生活を静かに楽しんでいるようだった。

父がその家にとどまっていた理由のひとつは、先祖代々の墓が、家の裏手の山のてっぺん近くにあったからだ。2、3軒最後に残っていた近所の人たちは、5、6年前に皆山を下りていなくなった。父は一人、自分に残された最後の使命が墓守であるかのように、そこで暮らしていたのだ。

無線機といえば、父が亡くなってしばらくして家の中を整理しようとしたとき、なぜか縁側に一台、アンテナが伸びたままの無線機が、あたかも昨日まで使われていたかのように外を眺めるように置いてあった。その情景は、スチール写真のように鮮明に印象深く記憶に刻まれている。あの無線機で少年と交信していたのだろうか?

瞳は結局、その無線機だけは、どうしても片付けることができずに、そっとそのままにしておいた。そこから動かしてはいけないような気がしたからだ。


自分の部屋に閉じこもったきりだった少年だったが、父と無線で話を始めてから、やがて部屋から出てきて家族と一緒に食事をするようになり、そのうち自宅で勉強も始めたという。

「去年の4月には無事中学校に入学することができたんですよ。友達もできましてね、毎日楽しそうに学校に通うようになりました。」

いったい父は少年と毎晩15分も何を話していたのだろうか。普段は口数が少ない父が、無線になると饒舌になり、しかも話を盛り上げるのが意外にも上手だったのは、昔実家にいるときに何度か垣間見ていたが、孫のような今どきの少年と話が合ったのだろうか?瞳はどちらかというとそちらに興味がわいてきた。

「いったい、どんな話をしていたんでしょうね。」

「あえて詳しくは聞かなかったんですよ。」

「ただ、交信している時に、ある映画の話をしてくれたっていうことだけは、あの子から聞いたことがあります。フェリーニっていう監督の映画の話らしいです。なんだかうれしそうにしゃべっていたので、私も忘れずにメモしておいたんですけど。」

「その話を聞いてから、なにかが急に吹っ切れたみたいです。もちろん、それだけじゃないと思いますが。」


父が若い頃映画マニアだったということは、子供の頃母から聞いた覚えがある。父が少年に映画の話などしていたのか。

「中学に入って友達もできたということを聞いて、自分のことのように喜んでくださったそうです。もう一年ですね。急に無線をやめることになったらしいですが、お元気でしょうか?山の上のお宅の方へは何度か伺ったことがあるんですけど、いつもお留守だったようで。」

「えっ、一年前?一年前ですか?」


「家の事情で無線をやめることになったので、もう出てこられない」と言って日課の交信をやめたのは、去年の7月初めのことだという。しかし、それまで元気だった父が突然倒れたのは一年以上前の3月の末のことだ。これでは、父はこの世を去ってからさらに数か月間、少年が学校の友達と遊ぶほど元気になるのを見届けるまで、少年と無線で話し続けていたことになる。どうも時間的に少しつじつまが合わないような気がするが、とりあえず、瞳はお母さんの話を聞いていた。

「もう少しで1年です。」


それにしても、父はラヴェンダーの話までしていたようだ。

「洋一が、『初めて作った割には、うまくできた』と言って、ドライフラワーを持ってそちらのペンションを訪ねたんですが、その時はお留守だったといって、戻ってきました。結局そのままになってしまいました。」
「今年は誰も作るものがいないので、私が作ろうかと思っていたところです。」

少年は確かにラヴェンダーを持ってきてくれたはずだ。それは、去年ではなく、つい数日前の事だ。しかも1回ではなく2回も。



話を途中で止めた瞳は、しばらく黙ったままだった。ロビーの大きな古時計が3時の時を刻む音だけが響いてくる。

パラパラと、天気雨が通り過ぎてゆく。

テーブルには今日はコーヒーの代わりに、あのラヴェンダーが置いてある。少し俯き加減だった瞳が、その花束を手にとった時、沈黙は終わった。ふっと、ラヴェンダーが香る。

「巌さん。」
「顔は広いけど情報不足ですよ。」
「洋一君は、去年の夏休みに入ってすぐ、亡くなってしまったそうです。」


瞳のペンションへラヴェンダーを持って行った週末、近くの川べりにバーベキューがてら川遊びに来ていた家族の幼い子が川でおぼれそうになった。たまたま居合わせた洋一と友達が、力を合わせてなんとか子供を助けだしたものの、洋一だけは帰らぬ人となってしまったのだ。

「あの子は、幼い子供の命を救って、代わりに自分の命を失ってしまったんですよ。」

「え、・・・そんな」
巌は思わずつぶやいた。巌は、少年が亡くなっていたことを全く知らなかった。この間も近くを車で走っていた時、見かけたような気がする。

「巌さん、私ネットで映画を観てみたんですよ。フェリーニの「道」という映画です。お母さんのメモのところは、こんな風に出てくるんです。」

「この世の中にあるものはすべて何かの役に立っている、地面に転がっている小さな石ころでさえ、何かの役に立っているって。」
「だからお前もきっと誰かの役に立っているって・・・。ジェルソミーナっていう主人公の女性を大道芸人の仲間が、元気づけるために言うんですね。」
「自分は世の中に全く無益な存在だと思っているかもしれないけど、決してそんなことはない・・・。それはそれで真理だと思います。」
「ジェルソミーナの場合は結果的にそれが悪い方向へ行ってしまったけど。」

「あー、そういうことか。アルフレードがトトに映画のせりふを哲学として授けたように、お父さんはその子に話したんですね。」


巌はしばらく間をおいて、緊縛した空気を少し和らげようと言ったつもりだったが、その必要はなかったようだ。瞳は前を向いて微笑みを浮かべると、言葉を選ぶように続けた。

「私、このペンション・・・もう少し続けてみようかな。」

窓外の入道雲が一瞬白く輝いた気がする。

「巌さん。」
「時間や空間に何かを区別する垣根や溝なんてあるんでしょうか?」
「私には、何も境がない空間のように思えるんです。すべて混然一体でありながら、それでいてどこか整然としている・・・。垣根や溝を作って、勝手に境をつくって区別してしまっているのは自分の方じゃないかって・・・。」

「そうかもしれないね。」
「だとすると、また彩花さんやあの子にもすぐに会えるね。境はないんだから。」


そう言って巌はしばらく窓外をじっと見つめていたが、今度は急に優しい笑顔に変わった。

「そうだ、この庭に、ラヴェンダーを植えて咲かせましょう!」

「二人で一緒に!」


東の空に大きな虹がかかり始めた。赤や黄色、そして紫・・・普段見ている色なのに、この世とは思えない、今まで見たことのない不思議なくらい鮮やかな色だった。





   



 (2025/10/4)




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