[夕暮れ時: 金色の海道を創り出す]
午後の紅茶 |
がらんとした長い廊下をまっすぐ進んで食堂に入ると、宿の奥さんが昼食を用意して待ってくれている。
この新しくて広い民宿に泊まっているのは当局のみ、一人だけの昼食だ。奥さんが、焼きそばとスープが載ったプレートを手渡しながら心配そうに語りかけてくる。
「放送聞かれました?」
島内にあっては、屋外は拡声スピーカー、室内は防災無線を通じた受信装置で、役場出張所?の放送がリアルタイムの重要なニュースソースとして時々流される。当局はノンゼ岬にQRVしていたのかもしれないが、ノンゼ岬周辺は、人っ子ひとりいない人里離れた場所なので、そこまでは放送が流れないのかもしれない。
「いや、聞いてませんが・・・」
「明日の船ですが、低気圧が発生した影響で、もしかしたら宝島で引き返しになるかもということですよ。引き返しになったときは鹿児島行きになります。今日午後4時半に判断されるそうですよ。」
「え~ぇ~、マジですかぁ?」
もともと明日の船は、鹿児島方面からやってくる船で、悪石島から、小宝島、宝島を経由して奄美まで行くスケジュールだ。宝島で折り返しになると、宝島を抜けて奄美から帰る予定をしている当局は、当然帰れなくなる。もちろん宝島から引き返してきた、鹿児島行きに乗れば、鹿児島まではいけるが、その日のうちに東京へは帰ることはできないのだ。悪石島を離れる時間が5時間以上も遅れる上、悪石島から鹿児島までは11時間の道のり、着くのは夜中だ。
|
|
放送はヘリポートで待機 |
これは昼飯を食って、コンディションが落ちている間に、いろいろ対策を講じなければならない。奥さんはああは言われているが、どうも雰囲気的に引き返しの確率がかなり高そうだ。フライトの予約の変更作業等がもちろん必要だが、そんなことより明日中に帰れないということは、もう一日会社を休まねばならないということだ。
これは久々に「午後の紅茶」作戦の出番か?(笑。(⇒「午後の紅茶」については、こちらの運用記の「ビヨンド・ザ・アベレージ」項を参照ください。) いや「午後の紅茶」も「うっかり八兵衛」も、「風車の弥七」も使い古しだ。何か別の目くらましを考えねばならない。「越後の縮緬問屋」作戦か?
いずれにせよ、同僚も必ずチェックしているOutlook上の自分の出先のスケジュールを変更だ。
果たして16:20分過ぎ、スピーカーから放送が流れてくる。ニュースを聞き逃すまいと、今度は当局は集落のはずれにあるヘリポートで11mをワッチしながら待機していた。
「明日のフェリーは・・・・・宝島折り返しになりました」
明日の自分の行く末は分かった。であれば、それは一旦さておき、11mだ。しかし、ノンゼ岬でQRV⇒再びヘリポートへ戻りワッチを続けてみるが、18時を過ぎても一向にコンディションが上がってくる気配はない。
静かな夕暮れだ。今日は一日天気が良かった。山の上から見る海の青は穏やかながら鮮烈な青色だった。
車を離れ、ヘリポートの先に立ち、海を眺めると、傾いてきた陽が、目の前の牧場の先に金色(こんじき)の海道を作り始めていた。心なしか夕陽に輝く海の金色までが、見たことのない何か特別に美しい金色に感じられる。
|
|||
左)夕方、ノンゼ岬へ行ってみるが、ノーメリット。再びヘリポートに戻る。 中)ヘリポート脇から海を望む。すぐ手前は単なる丘陵の斜面に見えるが、ここは牧草地でこの急斜面を牛が草を食みにやってくる。それが肉質を引き締め、良質な肉牛となる。 |
© Nagoya YK221