[宝島: 前籠港の埠頭では壁画が人々を出迎えてくれる]





異人さんに連れられて
いっちゃったのだろうか?
 


鹿児島へ向かう搭乗機は、26,000フィートで足摺岬の上空に差し掛かっていた。飛行機に乗るときはいつも通路側だが、離島運用の時だけは窓側の席を取ることにしている。右下に見える岬の地形が地図そっくりだ(笑。

何を思ったのか、「赤い靴を履いた女の子は本当に異人さんに連れられて行っちゃったのだろうか?」と、ふと疑問に思う。もし連れられて行っちゃったのだとしたら、その後異国で幸せに暮らしたのだろうか?

そう、童謡「赤い靴」の女の子である。こんな疑問が湧いてきたのは、最近「異人」やら「異国」のことをいろいろと考えていたせいかもしれない。さっそく機上で調べてみると、一般的な定説は次のようだ:

赤い靴のモデルの女の子は実在の子で、名は「きみ」、明治35年静岡県生まれだ。母親の名前は「かよ」。父親の名前は不明の私生児だ。きみは母親に連れられて、かよのあたらしい夫とともに北海道へ渡る。ルスツの開拓に加わるためだ。しかし、大人でも生命の危機に晒されかねない、過酷な開拓生活に幼子を連れて行くわけにはいかない、そう思ったのだろう、かよはきみを、函館の米人宣教師夫妻の養子として託して開拓地へと入植する。やがて宣教師は米国に帰国することになるが、その段になって、きみは結核にかかってしまう。当時結核は不治の病、宣教師夫妻は、東京麻布十番にある教会の孤児院にきみを預けて帰国することになる。いわば置き去りだ。その後きみは9歳の薄命を終える。

結果的に言うと、幸か不幸か、きみは異人さんに連れられて横濱から船に乗って連れられて行ったわけではない。しかし、かよは最後「きみちゃんごめんね」、という言葉を残しながら亡くなったという。享年64歳。かよは最後まで、きみが異国にもいかずに、とっくに東京で亡くなっていたことも知らずにこの世を去っていった。

人生とは、そんなものだろうか?

上記のような事実が判明したのは、1973年になってからだ。きみの妹「その」が新聞に投稿した記事がきっかけだ。「その」は、かよと開拓に加わった夫との子供で、きみとは父親違いの妹になる。

開拓に失敗したかよとその夫は、札幌に出て、夫は新聞社に勤め出した。その新聞社時代に家族同然のつきあいをしていたのが、同じ新聞社の同僚である、「赤い靴」の作詞者野口雨情である。野口雨情は、かよ夫婦からきみの話を聞き、童謡の詞としてしたためたのである。

淡々とした詞でありながら、この詞には深い思い入れを感じるが、もしこの定説が本当なら、雨情にとって、かよ夫婦も、見たことのないきみでさえも、家族として感じられていたからかもしれない。

この定説には多少なりとも脚色があるだろうし、事実認定等で、諸々異論が出されているようだ。ただ、かよが、きみが宣教師夫妻の子供となって、異国で暮らしていると信じたまま亡くなっていったことは間違いないようだ。

時は遡って、1824年、きみが生まれる80年近くも前、宝島で一人のイギリス人が「戦死」した。昨年の母島運用記でも記した通り、この頃、イギリスはすでに太平洋で手広く捕鯨活動を行うなど、他の列強国とともに行動が活発化していた。航海の途上、食用の牛を求めて宝島に上陸したイギリス人は、断られたため、今度は銃を発砲しながら略奪にかかるが、島に駐在していた役人らと最後は銃撃戦になる。

日本史を習ったことのある人なら誰しも馴染みがあるであろう「異国船打払令」が翌年幕府から出されるが、それはそんな事件があったことにも大きく起因していると言われる。集落の中ほどにある「イギリス坂」は、そんな小競り合いがあったことを記録に留める場所だ。当のイギリス人もこんなところで命を落とすとは思わなかっただろう。母国で待つこのイギリス人の家族は、その後はどうなったのだろうか???そのうち、イギリス人家族のその後の真相も、誰かが解き明かしてくれるかもしれない。

「どうでもよい話で前置きが長すぎませんか?」というクレームが入ってきたので、そろそろ本題に進もう(笑。

船は定刻通り、朝5時に宝島に入港した。辺りはまだ薄暗い。岸壁では、イギリス坂の途中にある宿のご主人夫妻が待ち構えていた。これで予定通りの時間に運用開始できるのは確実だ。タラップを降りるとき、いつもなら安堵感と期待が一気に盛り上がるところだが、テンションは全く上がらない。雨がしとしとと降っている。

さて、どうやって運用しようか。とりあえず宿の部屋に入って悩んでみる。


諏訪之瀬島(左)と3日後にQRVする悪石島(中)が見えてくる。慌ててシャッターを切る。奄美への飛行で、トカラの島々が見えてくることは、うかつだったが想定していなかった。宝島前籠港には壁画がたっぷり(右)。 






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