ジャパンエアー123 |
||||
6月、石垣島にむかう飛行機の中でぼんやりと考えていた。そういえば昔、アメリカの国内線では、飛行機によっては、乗っている航空機と管制とのやりとりが、配られるイヤホンで聞けるサービスがあったが、今はどうなっているんだろうかと。最近、あまり米国内では国内線に乗っていないが、ずいぶん前になくなってしまったような気もする。グランドから、タワー、ディパーチャー、空域管制へと引き継がれていく、パイロットの交信を聞いていると、自分が搭乗している飛行機だけに興味深いものがあった。昔のアメリカの映画やドラマを見ていると、時々空港で、見送りに来た人たちが、展望デッキ等にすえつけられた、受信機で、航空機と管制とのやりとりを聞いたりするシーンがでてくることもあるので、以前はそういうことに関心も高かったのかもしれない。無線ではないが、Southwest航空では、対面座席があったりして面白かったが、今もあるのだろうか。席の予約が無く、早い者勝ちで座れたが、アメリカ人はいろいろ面白いサービスを考えるものである。
2011年には、アナログのTV波もなくなるので、プロユースの大きなAM波がまたひとつ消滅することになる。しかし同じようなV/U帯の航空無線では、どっこい、AM変調は歴然と存在している。(洋上ではHF SSBも使われる)なぜAMで生き続けているのか、当局も本当の理由を知らないが、良く考えてみると、CBではやっかいもののAMの混信は、航空無線では重要とも思われる。AMだと混信することによって、他局の存在がわかるが、例えばFMだと弱い方は完全にかき消されてしまうので、その存在すらわからなくなってしまう。航空管制では誤解や聞き逃しは許されないので、存在がわからないことほど恐ろしいものはない。
コールサイン、「ジャパンエアー123(ワンツースリー)」は、言うまでも無く、今は欠番となったフライト番号、85年8月に墜落した日本航空123便(ボーイング747型)のことである。羽田を飛び立ち、大阪に向かう途中、相模湾上で何らかの要因により垂直尾翼、油圧システムが破壊され操縦不能に陥り、パイロットの必死の操縦操作にも関わらず墜落したものであるが、いまだにその垂直尾翼の破壊原因については、いろいろな意見が出されている。もちろん事故調査報告書では、圧力隔壁の破壊により、機内を与圧していた空気が急速に流出し、垂直尾翼を内側から破壊した、と結論付けられているが、日本航空の搭乗員組合をはじめ、空気が急速に流出するような急減圧はなかったとする意見を持っている専門家や関係者が多い。事故後、事故原因に言及した著作やネット上での意見表明等が多いのは、その事故の大きさだけからだけではなく、事故調査報告書の結論が皆を納得させるだけの説得力を持っていないから、というのもまぎれもない事実である。
あらためてボイスレコーダーの音声や、東京航空交通管制部の交信記録を聞きなおしてみると、管制官の交信の録音はかなり明瞭ではあるが、30分のエンドレステープのボイスレコーダーの録音状態の方は、85年当時の録音技術をもってすれば(搭載されていたボイスレコーダーが開発されたのはそのずっと以前だが)、余りにプアーといわざるをえない。機内のプレレコーデットアナウンスなどは、比較的明瞭に録音されているが、肝心の機長や副操縦士、機関士の音声(コックピットの音声)が不明瞭である。これは、事故調査委員会が途中報告の過程で、何度もその聞き取り内容を書き換えているので、オリジナルテープ自体が、このような状態なのだろう。聞く人によっては、さまざまな聞こえ方をする。専門用語に詳しいパイロットが聞いても、人によって聞こえ方(内容)が違うらしいから、当局などが何度聞いてもよくわからない会話がある。
例えば、よく引き合いに出されるのは、最初の「パーン」という音の後に録音されている言葉、「なにか、爆発したぞ。」(=調査報告書)は、人によっては「なにか、わかったの。」と聞こえたりするらしい。勘ぐり深い当局などは、「なにか、ぶつかったぞ。」ときこえてしまう。そもそも最後の音が、「ぞ」と聞こえたり、「の」と聞こえたりと、確定しない事自体かなり異常と思われる。
事故原因に関連しては、おびただしい数の疑問点が出され、いまだに明確に回答されずに残っているものが多い。その一つが、緊急事態(エマージェンシー)信号「スコーク77」(トランスポンダーの信号7700)を、パイロットがなぜそんなに早く発したか?ということである。上記の「なにか爆発したぞ」(=あくまで事故調査報告書の解釈)のすぐ後に機長はなんのためらいもなしに間髪をいれずに、緊急事態の発信を指示している。パーンという音の発生から、「スコーク77」までわずか7秒。聞いていてもあっという間だ。500人以上の乗客が乗った航空機が緊急事態宣言を発するというのは、一大事だ。急激に姿勢が変わるほど、何かがぶつかったとか、翼が吹っ飛んだとかいう文字通りの緊急事態(逆にそのような緊急時は発している暇はないと思われるが)ならわかるが、何の状況も確認しない内に、かつ、見た目はなんら影響を受けていないのに即座に発している。操縦不能に気づくのはこの後だし、この時点では何が起こったのか、パイロットは全く把握していない。この手の信号の発信には通常は、かなりパイロットは慎重になるらしい。実際には、外国の軍関係の飛行機などは、余り重大な状況でなくても発することがあるらしいが、徹底した教育訓練を受けている生真面目な日本人のパイロットが、すぐさま発信するというのはかなり尋常でない事態らしい。それなら、パイロットが「パーン」という音の時点で尋常でない事態を把握していたかと言うと、実際にはなにも未だ何も把握していないのである。管制官は逆に、「Japan Air 123. Confirm, you’re declar(ing) emergency, is that right?...」と、本当に緊急事態なのか、わざわざ確認しているほどだ。
「何か爆発した」のだからすぐに緊急事態を宣言するのが当たり前ではないかという意見もあるだろうが、「爆発した」と言っていると解釈しているのは、事故調査報告書であって、必ずしもそう言っているのかどうか断定できているわけではないのも事実である。逆の見方をすると、スコーク77を発する前に、つまり「パーン」という音を認識する前に、あらかじめ、すぐに「尋常でない事態」になる可能性を予想できていたのなら話は別である。
それより問題なのは、爆発?音と「なにか爆発したぞ」の間に、機長(と思われる)が何か言葉を発しているのだが、それが報告書でも解明されておらず、「解読不能」となっている点である。この言葉については、「危ない」、もしくは、「あぶねぇ」と聞こえる人が多いようだが、当局にも「まずいっ!」、「危ないっ!」、もしくは「・・・イン!」と横文字を言っているようにも聞こえる。「!」マークをつけたのは、いずれにしても、その語調からして何か注意を喚起するような言葉を発していると思われるからだ。もし「危ない」と言っているとするならば、「爆発」した後に「危ない」と言うのもおかしな話だ。
管制官は、緊急事態の123便のために周波数を空ける手続きを行っている。
「オールステーション...」と、管制域内にあるすべての航空機を呼び出し、134.0MHzへの周波数変更と現在使用している周波数での沈黙を指示している。そう、航空機は無線局であり、パイロットは無線従事者でもある。一方で、民間旅客機には航空会社と連絡をとるために「カンパニー」とよばれる周波数も割り当てられているが、この社内無線を使って123便から日本航空へ状況の連絡も行っている。しかし、それも一時だけで、その後コックピットは航空機関士も含めて、操縦という格闘に手一杯になり、会社側から度々呼び出しがかかるが、応答する余裕は全くなくなってしまう。
緊急事態に気づいた米軍横田基地の管制は、基地への緊急着陸を誘導するために、自局の周波数へのQSYを一生懸命要請しているが、その頃123便の方は、ダッチロールしたり、真逆さまに降下したり、今にも墜落寸前の操縦不能の機体をなんとかエンジン推力だけで制御することに精一杯で、応答などできる状態ではなかった。必死の操縦途上で発せられる「これはもう、ダメかもわからんね。」という機長の言葉には、何度聞いても心が痛む。
ところで、今年7月には映画「クライマーズハイ」が公開されていた。日航123便墜落事故の取材活動を取り巻く現地地方新聞社の人間模様を描いた横山秀夫さんの小説を映画化したもので、NHKでもドラマ化されていたのでご存知の方も多いと思う。原作者の横山さんは85年当時、群馬県の上毛新聞の記者だった。
映画では、事故の知らせを受けて、現場に記者を急派するシーンが出てくる。現場から新聞社への連絡手段に、「無線機がない」、と言われ、堤真一演ずる主人公悠木(日航全権キャップ)は、「共同を拝み倒してでも無線機を借りろ」と、記者に言う。半分仲間?である共同通信社の記者が無線機を持っているだろうから、その無線機を借りて連絡しろ、という意味だが、新聞社割り当てのVHF周波数(150MHz近辺)のハンディー機?では、無線機が使えたとしても山の尾根に出る等の見通しの良い場所に行かない限り、つながることもなかったのではないかと思われる。(実際には、現場取材記事を朝刊に間に合わせるべく、一刻も早く一報しようと、記者は道なき山中を駆け巡り、死ぬ思いで一軒の民家にたどりつく。報道陣で奪い合いになっている、回線わずかな固定電話をなんとか借り受け、締め切り時間ぎりぎりに連絡には成功するのだが...。マスメディアにおける時間との戦い、ここが見せ場の一つでもある。)
映画の中では無線機を借りることはなかったが、現実には、無線のちょっとした知識があれば、大きな違いを生むこともあるのかもしれない。
大袈裟かもしれないが、無線は日常生活の中のあらゆる所で生死をわけるような重要な機能を果たしている。名古屋空港がセントレアに移ってからは、エアバンドをワッチすることも少なくなったが、エアバンドを聞いているときほど、無線交信の重みを感じることはない。しかも、それはいまだにAM波で行われている。厳かな気分になるのは交信を聞くたびに張り詰めた緊張感を感じるからだが、それはまさしく無線に、命がかかっているからに他ならない。
('08/9)
命をつなぐ無線(セントレアにて) |
ジャンボの場合HFアンテナは垂直尾翼前端面(斜めの部分)に設置されている。(那覇空港にて) |
||