日立 GT-20?


『なんだこれは!!』 (橘)
『僕は公認のアマチュア無線士、ハムだよ。』 
(刑事)
『貴様!!、この期に及んでまだ嘘をつくのかい!』 
(橘)
『ねーお願い、本当のことを仰って!』
 (啓子)

石原裕次郎さん演じる「橘」が、刑事の自宅の押入れの扉を破り壊すと、中からでてきたのは無線機だ。橘と啓子は陰にいる大物の黒幕を追い詰めようと、刑事に詰め寄る。刑事は、実はその大物の黒幕と内通していたのだが、その時の最初の言い訳が「ハム」だ。しかし実際は無線機は、陰の黒幕との連絡用に使われていたのだ。

『嘘じゃない、橘君、僕は本当に知らないんだ。顔を見たこともない、名前も知らない。毎晩9時になると、ある男から指令が来るんだ・・・』 (刑事)

黒幕の正体を突きとめようと、待ち構える橘と啓子。
夜9時ちょうど、CWのCQの混信音の効果音とともにバーニアダイヤルを回して周波数を合わせると男からの声が聞こえてくる・・・。

・・・・・・・・・しばらくして、はっと何かに気付いた様子の啓子。
黒幕の正体はいったい誰なのか???

 出典:日活『錆びたナイフ』
 
(日活映画『錆びたナイフ』より引用)


日活のアクション映画『錆びたナイフ』(1958年(昭和33年)公開)の一シーンだ。(『 』内台詞は『錆びたナイフ』より引用) このころは「アマチュア無線技士」ではなく、「アマチュア無線士」と言っていたのか???北原三枝さん演じる「啓子」が、悪人と思しき刑事に対しても敬語を使っているところが、時代を感じさせる。原作は弟の主演映画のために書き下ろしたのか、石原慎太郎さんだ。今となっては小説家というより、政治家・元東京都知事としてなじまれている方のほうが多いだろうか。

使われている無線機は、日立製作所の陸上用・漁業用無線通信システムの送信機・受信機シリーズのひとつのようだ。『日立評論』1951年(昭和26年)1月号では、前年の昭和25年において日立がどのような技術的成果を上げたかを掲載しており、その一部として、秋田県能代地区、米代川流域の防災・緊急用通信システム用に納入した案件が掲載されている。映画の送信機は、そこに掲載されているGT-20-2型送信機に酷似しているが、微妙に異なるようにも見え、一枚の写真からだけではよくわからない。ただし、違ったとしても、このシリーズの無線機であることは確かだろう。

受信機の方は、HRA-13型のようだ。こちらの方は漁業無線システムとして、同誌53年1月号、およびさらに詳しくは53年2月号で紹介されている。ちなみに『日立評論』は、日立の技術者による技術論文集だが、そのようなものを、1950年のバックナンバーに遡ってまで、WEB上で公開している日立の企業精神、社会に対する姿勢には敬意を表したい。

受信機がHRA-13とすれば、送信機として組み合わされるのは、本来同シリーズのHT-50-16だ。GT-20より2年以上?後の送信機だが外観は、やはり同じ流れを汲んでいるのか、GT-20(すなわち映画に出てくる送信機?)にそっくりだ。GT-20との大きな違いは、こちらの方は、パネル上に実装される送信クリスタル6波を覆う扉がないのと、中央の送信モードの切り換えスイッチが増えている点だ。GT-20ではこの部分は銘板になっている。送信モードは、A1、A2、A3(電波型式表記は当時のもの、以下同様)、送信周波数帯は1.5MHz~3.5MHzである。

送信機については型番の数字が出力を表しているようで、20は20W型、50が50W型のようだ。GT-20の時代にも50W型のGT-50があったようだが前掲の51年1月号に掲載されているように、かなり大型の送信機だ。HT-50-16はコンパクトサイズにしながら50Wを達成していることが技術的成果なのかもしれないが、4球式なので、同じようなサイズだったGT-20も構成は同様だったのかもしれない。


左:『日立評論』1951年1月号より引用。オペレーターの向こう側、中央がGT-20-2型送信機。
中:『日立評論』1953年2月号より引用。HT-50-16型送信機。
右:『日立評論』1953年2月号より引用。HRA-13型受信機。この写真にはなぜかAFボリュームノブがないが、設計外観図にはきっちり右上にボリュームノブが記載されている。


一方、受信機のHRA-13の方は、中・短波帯(91KHz及び500KHz~10MHz)対応の受信機だ。いわゆる高1中2(高周波一段増幅、中間周波2段増幅)のスーパーで、漁業用なのでA1対応のためBFO付きの8球の構成である。業務用なので、さすがに当時としてはそれなりに力を入れた回路設計だ。それにしても映画の中では、受信機と送信機が新旧の組み合わせで出てくるのが面白い。

『日立評論』によれば、昭和27年6月時点で、日立は日本全国で漁業用、陸上用通信機器を337システムほど納めていたようで、漁業用無線機には「MT-」が使われていたことからすると、GTのGはグラウンド=陸上用を意味するように思われる(推測)。したがって、前掲の能代の陸上局用システムとして紹介されているGT-20が、通常は商用電源(AC100V)を使用しての動作で、停電等の非常時がバッテリーからのコンバート出力動作となっているのに対し、HT-50-16など漁船用のものは、漁船の発電機出力24V(非常時はバッテリー)からの、コンバート出力(DC800V)動作のようだ。つまり、漁船用は当然ながら商用電源が使えるようにはなっていない。

映画のシーンでは、マイクがマイクジャック(送信機の右下の上の穴)につながっていなかったり、送信機の電源オンですぐに受信音が聞こえてきたり(受信機の真空管はスタンバイ状態だった?)、しゃべるときにプレストークボタンを押していないなど、突っ込みどころは満載だが、そんな細かいことはともかく、面白いのは、送信機のアンテナ電流計(一番左)がぴくっと何度か振れている点だ(笑。ということは撮影時に電源が入っていたということか?スタジオのセットか、ロケかはわからないが、わざわざコンセントにつないでいたのだろうか(笑。

前述のとおり、商用電源が使えるとすれば、漁船用ではなく陸上局用の固定型送信機だ。ということは、やはりGT-20なのか???(笑。陸上用でA3専用なら、HT-50-16のようなモードの切り換えスイッチは不要だが、しかし、そうだとすると、マイクジャックの下の電鍵のジャックも不要のはずだ。しかし、電鍵のジャックがあるということは、漁業用の陸上側固定局用送信機とも考えられる。その場合、番号のつけ方からすると「MT-20S」などだろうか???しかし、今度はモードの切り替えスイッチがどこにあるのだろう???ということになる・・・(笑。

それにしても、なぜアンテナ電流計が振れるのか?送信機の後ろにいる石原裕次郎さんのボディエフェクトで、LCが変化しているのか?(笑。真空管のリグなど操作はもちろん、触ったことすら一度もない当局にはわからないが、そのようなリグに慣れている方ならすぐにその理由がわかるのかもしれない(笑。出力はπ型のマッチング回路のようなので、基本的にはアンテナ電流計(左)と出力管のプレート電流(中央の電流計)を見ながら、左側のつまみ(アンテナ電流計の下の二つ)で同調をとるはずだが、映画の撮影なのでアンテナ線などつながっているわけはなく、仮に何かケーブルがつながっていたとしても、デフォールト状態では、アンテナリレーは受信機側への出力につながっているはずだ。したがって、送信管の出力側のケーブルの長さは送信機内の延長コイルどまりと思われる。なお、プレート電流計は、映像のツマミの指示位置からすると、出力管ではなくAF増幅管のプレート電流の計測位置(=モジュレーション)のようではある(笑。


錆びたナイフから60年後の世界

『錆びたナイフ』から約30年後、若者のトレンディーな生活を彩る小道具として、アマチュア機が登場するのが原田知世さん主演『私をスキーに連れてって』(1987年)だ。ゲレンデのレストハウスから滑走中の仲間へ、ロッジのリビングからモービルでこちらに向かっている仲間へ、アイコムのハンディ機で仲間を呼び出したり語り掛けたり、まだ?無線がかっこよかった時代だ。若者たちも、きゃぴきゃぴと輝いているように映し出される。出てくる車は、WRCラリーで活躍したセリカのGT-FOUR、リトラクタブルヘッドライトのカローラⅡ、そして挿入されるユーミンの曲の数々、スキーウェア類も今から見ても34年の月日を感じさせない。裏返して言うと、むしろそこから急速に進化のスピードが遅くなったということかもしれない。

1950年代、「公認の」、と言わねばならない程世間では通じなかった「アマチュア無線士」、そして30年後にアマ機はトレンディグッズへ、そしてさらに30年後にはすでに過去の遺物と化すのか????

2000年代に入ってアマ無線界で話題になったのは、大沢たかおさん主演『ミッドナイトイーグル』(2007年)のJP0TOHだ。『私をスキーに連れてって』のトレンディグッズとは異なり、雪山から非常事態とも思える状況下で、コミュニケーションに役立つ実用的な無線機として登場するヤエスのハンディ機。コールサインが0エリアコールなのが渋いが、アルプスが舞台=長野県=0エリアという単純な発想か?ちなみに、今のスピードでコールサインが発給されて行っても、JP0TOHにたどり着くのには150年はかかるそうだ(笑。映画的には、最初の30分ぐらいは快調だったような気もするが、残りは忘れてしまった(笑。原作はかなり面白そうだ、という印象だけが残っているが、結局読んではいない(笑。

そして2016年、『錆びたナイフ』から約60年後、『私をスキーに連れてって』から約30年後、日本のみならず、世界中で大ヒットした映画が、当局の運用記でもたびたび登場している新海誠監督の『君の名は。』だ。無線界で話題になったのは、主人公らが、巨大隕石が激突することから住民を守ろうと、高校の旧無線機部室から町の防災無線をのっとって、住民に避難を呼びかけようとする場面だ。アニメーションながら、旧部室のそこかしこに並ぶ、ヤエスやトリオのリグ類、そしてクラニシ?などの付帯機器類まで背景に登場する。無線部は既に廃部済みだ。なぜか、時代を感じさせる外付けVFOが輝いて見えるが、しかし、どうみてもこれらの表現は、とうにはやりを過ぎた「夢のあと」的な光景だ。

その光景は『錆びたナイフ』から、バブル期前衛の『私をスキーに連れてって』まで30年間、一生懸命汗水たらして急坂を登り詰め、その後の30年間は、その登り詰めたピークを転げ落ちていくかのように力を失っていった日本の経済力を象徴しているのかもしれない。いやいや、転げ落ちてなどいない、レベルオフしただけだ、というご意見の方もいるだろう。正解は、また30年後にわかるかもしれない。

アマ機が出てきたり、アマチュア無線、あるいは電波伝搬という現象が、ストーリーの展開上さまざまな役割を果たしている映画は、枚挙にいとまがない。当局がたまたま観ているものは、そのごくほんの一部に過ぎないが、次回は、ナショナルのCB初号機T-1、SONYのICB-680が登場する映像関連、および、電波の特性の観点から、またまた新海誠監督の『ほしのこえ』、米映画『オーロラの彼方へ』、などだろうか・・・。
                                            ('21/02/21)




                     

                        
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