峠の茶屋

茶屋の女将であるおばあちゃんは言った。
「どこまで行かれるの?」
「ちょっとそこの見晴台まで無線をやりに来ました。」
「最近は、あのあたりも周りがみんな木が大きくなっちゃって、見通しがわるくなっちゃってね。」
ここまでは2年前と同じ会話だ。ただ、今日は更に掘り下げて聞いてみる。
「昔は展望が良かったんですか?」
「視界はぐるっと360度、遮るものもなくて、都心のほうまで良く見えたの。今じゃ、そこらじゅう、杉が高くなっちゃって、昔と全然見える景色が違うね。」
「みんな雑木を切っちまって、植林しちゃったんだよ。お金になるのに時間がかかるのにねぇ。」
「じゃ、まだあと何十年か、かかりますね。」
「何十年どころか、何百年もかかるよ。雑木だった頃は、紅葉も見事で、見に来る人も多かったんだけど。」
昔は紅葉目当ての観光客も多かったのに…、と言いたげだ。そういえばこのあたりには紅葉は全く見当たらない。杉林が主体なので当然ではある。
おばあちゃんは自嘲気味に続けた。
「でも他人の林だから、切るな、とは言えないんでね…。」

昔は紅葉も綺麗だったという、顔振峠に来るのは2年振りである。今日も味噌おでんがお目当てだが、前回の富士山5合目の運用で試せなかった、ナショナルのT-1で何とかQSOを果たすのが移動の主目的である。

まずは運用前に、ビール大瓶一本と、おでん二人前でくつろぐ。「一人前で4本ですが、いいんですか?」と、念のために若女将が確認してくれる(笑。まだ朝9時ちょうどである。



見晴台

見晴台は、茶店から更に5分ほど登ったところにある。2年前にはなかった、「顔振峠展望台」、「雨乞い塚」と記された、腰の高さほどの控えめな標識が立っている。標高は574mらしい。タイミングがまだなのか、それとも杉林だらけだからなのか、山のどの辺りをみても紅葉らしい紅葉は全く見当たらない。天気予報も見事にはずれ、空はどんよりと厚い、灰色の雲だ。

メインワッチ用の707とデジ簡をセット、QRVを開始する。この時期にしては、ピュルピュルやビュルルンノイズが、異様に激しい。海外QRMも時として断片的にS5くらいで入感してくる。5Chでは、いつものようにグアムあたりから、英語局が勢い良く飛んでくる。ん~、騒々しい(笑。しばらくはウォーミングアップで、707でバンド内の状況確認だ。熊谷市の荒川河川敷にはサイタマMK2局が運用されており、相模原市城山湖からは、かながわCE47局にコールをいただく。稲城市の見晴らし緑地からはトウキョウAA909局が、さっそく580kai2で出ておられるようだ。ただ、天気がイマイチのせいか、移動局はほとんどポツポツとしかおられないようである。

前回の富士山5合目からの試験ではほとんど運用局が見当たらず、試験にならなかった。今日もどうしたもんかと、一瞬悩むが、今日はどうしてもQSOしたいので、T-1で積極的にCQを出してみることにする。リグのテストとしては、一旦通常の500mW機でQSOに至ってから、リグの試験に入るという方が効率的だが、それだと試験のお相手をお願いしている相手局にとっては、「飛んでくる」、と予め分かっているので、できたらいきなり最初から試験機でQSOに入りたい、というのが当局の思いである。

しかし、T-1から何度CQを繰り出してみても、応答はない(笑。果たしてどれくらいの強さで信号が出ているのか?何せ50年前のノーメンテのリグだ。至近の707のメーターは振り切れても、出力がほとんど出ていないことも有り得る。

まー、のんびりいくか、と、707とDCRの運用の合間に、定期的に運用してみることにする。CBは新たな運用局は全く聞こえてこないが、DCRは、先ほどからチラホラと、呼び出しチャンネルから音が出ていたので、こちらの方はすぐにつながりそうだ。

DCRでCQを出してみると、グンマ106局のコールが聞こえてくる。前橋市の固定のようだ。あいにくCBの方はやられていないようだが、固定局とつながるところは、DCRの最大の魅力の一つでもある。とちぎKN46局は、紅葉狩りで今日は横根高原(栃木県鹿沼市)の方に移動されているようだ。ただ、あちらもこちら同様天気が悪く、車の中からの運用である。


今日こそラジオ事業部長の願いは叶うのか?(笑
DCRでそうこうしているうちに、3Ch待機中の707から、さいたまHK2局のCQが超強力に入感してくる。3Chで待機しているのは、T-1が3Ch仕様だからである。これはチャンスだ。しかも超強力なので距離は近いはずで、まずはT-1の飛び具合を確認するにはうってつけだ(笑。T-1のスイッチをオン、海外ノイズは騒がしいが、信号が強力なのでT-1でも明瞭に聞こえてくる。若干不安交じりにコールしてみると、一発でとっていただく。HK2局は当然当局が50年前の100mW機で呼んでいることは知るすべもないのだが、受け答えの感じからすると全く普通のコールバックととられているようである。移動地は二ノ宮山(滑川町)で、距離はせいぜい20Km程度だろうから、相手の信号が強いのは当然だが、HK2局側でも全く普通の扱いということは、こちらからもそれなりの強さで飛んでいる証拠である。T-1からのコールが届いてほっとしてしまったせいか、HK2局からのレポートを聞きそびれてしまった(笑。しかし、近距離ながらこれで一発目のQSO達成である。

3Chのワッチを続けていると、今度は、既にCB及びDCRでもQSOを終えているトウキョウAA909局のCQが飛んでくる。こちらは稲城市なので、二ノ宮山より距離はありそうだ。AA909局からレポートを頂くと、45~55でちゃんと?届いているとのことだ。よしよし、これで中距離?まではいけそうだ(笑。しかもSは1とか2ではなく、5ということは、きわめてまともに飛んでいるということである。どこまで飛ぶのか不安だったが、俄然意気揚々としてくる。もうこれだけでも十分なような気もするが、引き続きチャンスをうかがうことにする。距離的にはまだまだいけるはずだ。

12時を過ぎたころから、灰色の雲も灰白色が多くなり、幾分明るくなってきた。しかしお昼でもこの状況だから、昼から移動しようという局もなく、CBは運用局がほとんど増えてこない。例外は、サイタマMK129局ぐらいで、部屋の中からQSOされているという(笑。鳩山町なので、当局の電波(707)が部屋まで貫通しているらしい。たまたまスイッチをいれたら当局が聞こえてきたようで、距離が近いとこういった芸当も可能なのだろう。

T-1は、707、DCRと交互に定期的に運用を続けているが、相変わらずCQに対しては応答はない。見晴らし緑地までは全く問題なくQSOできたが、果たして「普通の」距離ではどうなのかは、まだまだ不明のままである。

T-1:外見は一見、皮風のカバーに覆われているように見えるが、実はカバーではなくこれが筐体そのものになっている


ラジオ事業部長の願いは叶った(爆
その後もT-1からのCQには相変わらず応答がないまま13時30になろうとしていた。3Chワッチ中の707から久しぶりに入感局が聞こえてくる。カナガワAC288局だ。ロケは湘南平(神奈川県平塚市)のようで、距離的には手ごろで、これはチャンスだ。すかさずT-1を稼動させてみる。707同様、ピュルルンや海外QRMが激しく聞こえてくるが、信号自体は耳S52~53くらいで、強度的には全く問題はない。707を確認するとS6程度である。ここで707はオフにして、さっそくT-1でコールを開始する。「ナゴヤAB449局…、55くらいですが、海外ノイズが激しくてよく取れません…」。どうやらナゴヤAB449局と間違われているようである。当局にはそれが当局のコールである確信はあったものの(笑、AB449局が後から出てこられるという情報は、それ以前に他局から頂いていたので、本当にAB449局である可能性もゼロではない(笑。しばし沈黙。沈黙している間に、考えをめぐらしてみると、AC288局のレポートからすると、こちらからの電波が55程度で届いている可能性が強い、ということである。ん?、ひょっとして湘南平までちゃんと届いているのか?湘南平といえば、相模湾までわずかの所だ。

沈黙してしばらく成り行きをワッチしてみるが、やはり「AB449局」からの応答はない(笑。AC288局がCQに戻られたところで、再びコールを続けるが、当局のT-1にさえ、ピュルルン系ノイズと海外QRMは華々しく入感しているので、AC288局が良く聞き取れない状況であるのは当局にも手にとるように分かる。すると城山湖のかながわCE47局?だろうか、「呼んでるのはYK221局だよ~。」とサポートが入る(笑。AC288局からは、「QRMがなければ54で聞こえる」とのレポートをいただく。ん~、あっぱれ。とても50年前のリグとは思えない。しかもノーメンテだ。AF再生音も、音質は最近のリグに比べてもむしろ良い位である。これを以って、ラジオ事業部長の願いは叶ったといっていいだろう(笑。

その後すぐにDCRでナゴヤAB449局ご本人とつながる。ご本人から偶然飛んできたCQである(笑。移動地である稲城市の見晴らし緑地に到着したところで、最後の?坂を上っている途中のようで、かなり息が上がっているようである(笑。


50年という時間とは・・・
14時を過ぎると、空は明るさを増してくるが、逆に雲の変化の様子が激しくなる。上空の大気はかなり不安定のようである。みかも山で運用中のさいたまBB85局が、コールサインで直接当局を呼び出され、話しかけてこられる。みかも山からみると秩父の方角が、もくもくと黒い雲が出てきて真っ暗になっているが、天気は大丈夫なのか?と。まだ当局上空は雲の様子がめまぐるしく変化しているものの、しばらくは持ちそうな雰囲気だ。しかし、いつ雨が落ちてきてもおかしくない状況なので、最後にBB85局にT-1の試験をお願いして、試験を締めくくり撤収することにする。わざわざ人工的に電波の受け手になっていただくのは申し訳ないが、3ChにQSY、BB85局からシグナルや変調音のレポートを頂く(TNX!さいたまBB85局)。RSは707の59+に対して、T-1は56、変調はやや浅めで、少しこもり気味のようだ。シグナルの56は立派で、変調音はスピーカー変調なのでこんなところだろう。50年経った今でも、全く普通に使えることが証明できた。

このリグが製造されたのは50年前(正確には49年前)である。この時は、茶店のおばあちゃんが言うように、まだ顔振峠も雑木林で、木々は紅葉し、展望も360度開け、見通しがよかった時代だったのかもしれない。植林された杉は、何十年か経ち、見晴台の展望を大きく変化させるほど立派に育った。その時代の年月をこのリグは生き抜いてきたことになる。   ('12/10)




運用データ
14時を過ぎると、雲の加減で山の色は七変化し始めた。
■運用日時・運用場所:
 
埼玉県飯能市顔振峠見晴台(標高574m)、
    2012年10月27日(土) 9:50~14:25
    
■使用&装備リグ:
  CB: T-1(ナショナル)、ICB-707(SONY)、ICB-87R(SONY)
  DCR351(デジタル簡易無線):
      IC-DPR5 (ICOM)+1/4λホイップ (第一電波)
  
■使用電源(予備含む)
  ・Li-ion: 7.2V/6.2Ah×1、7.2V/1.8Ah×1
       
10.8V/2.6Ah×1
  ・ 乾電池  

 
      

QSO局
(敬称略)


さいたまMK2/埼玉県熊谷市荒川河川敷 57/57 かながわCE47/神奈川県相模原市城山湖 56/55
トウキョウAA909/東京都稲城市見晴らし緑地 56/58 ぐんま106/群馬県高崎市(DCR) M5/M5
さいたまHK2/埼玉県滑川町二ノ宮山(T-1) M5/ トシマFZ52/東京都豊島区(DCR) M5/M5
とちぎKN46/栃木県鹿沼市横根高原(DCR) M5/M5 トウキョウAA909/東京都稲城市見晴らし緑地(DCR) M5/M5
トウキョウAA909/東京都稲城市見晴らし緑地(T-1) M5/45~55 さいたまBB85/栃木県佐野市みかも山 59+/59+
サイタマMK129/埼玉県鳩山町 59+/59 とうきょうMS25/神奈川県相模原市城山湖 53/M5
サイタマQBM254/埼玉県新座市(DCR) M5/M5 ふくおか8774/東京都荒川区(DCR) M5/M5
サイタマAC109/埼玉県吉見町荒川河川敷 57/58 とうきょうAD88/埼玉県所沢市ぶどう峠 57/59
カナガワAC288/神奈川県平塚市湘南平(T-1) M5/54 ナゴヤAB449/東京都稲城市見晴らし緑地(DCR) M5/M5
さいたまUR2/埼玉県黒山展望台 59+/59+ ナゴヤAB449/東京都稲城市見晴らし緑地 54/M5
さいたまBB85/栃木県佐野市みかも山(T-1) M5/56
DCR:デジタル簡易無線
T-1:T-1


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