LDE

*** 今から30年以上前の話である。

ドイツに、とあるティーンエイジャーの少年がいた。SWLに夢中になっていた、その少年は、初めて電波に不可思議なエコー(radio echo)現象があることを知らされる。それは「ゴーストエコー」と「無線局UFO」との関係を記した、本を読んだときのことである。
その本によれば、電波には、信号を発信した後、数秒遅れて自分の所へ戻ってくるエコー現象があり、それは3万年間太陽系を旅し、宇宙を探索し続けている地球外生物が、我々が発した電波を捉えて、レピーターとして流しているために起こる現象であると説明していた。

少年は、その説明-宇宙人とエコーの関係-自体に別に感銘したわけではないが、電波には、エコーのように何秒もかかって遅れて到達してくるという現象があるのだということに大いに興味を抱く。少年は思い切ってその本の著者に手紙を書いてみる。その著者、ダンカン・ルナン-スコットランド技術研究協会教授-宛に出した手紙は、しかし、数ヵ月後、少年の元に宛先不明として返送されてくる。

返ってきた封筒には、その教授を探して、いろいろな場所に照会されていった転送跡が記されている。明らかにスコットランドの郵便局は、なんとかその手紙を「ダンカン・ルナン教授」に届けようと努力していたことが伺われた。ただ、少年は戻ってきた手紙を手にして、すべてが、そしてそのエコー現象自体が、作り話だったのに違いないのだとがっかりする。

それから1、2年が過ぎたある日、しかし、少年は別の記事に出くわす。驚いたことに、その記事は、電波がエコーのように遅れて到達する、「Long-delayed Echoes(LDE)」現象を扱っており、しかもその記事は、れっきとした科学的な記事だった。
そのまじめな文章には、参照として「JGR誌」とだけ書かれている。少年にとってそのJGR誌はどのようなものなのか、全く見当もつかない。少年はそのJGR誌なるものを探して、一度は架空のものだとがっかりしたLDEのことをもっと知りたいと思うのだが、少年が住む、田舎の小さな町の書店にそのような雑誌があるわけもない。どこで手に入れたらよいのかも分からないまま、やがて少年はLDEに関する更なる探求を諦めてしまう。

少年はやがて大学生になった。そして「JGR誌」に出くわす。電離層研究が専攻にかかわるその大学生(元少年)にとっては、地球物理に関する卓越した学会誌であるJGR(Journal of Geophysical Research)との出会いは必然だった。
大学生は図書館で、昔手に入れることのできなかった例のJGR誌を探し出す。そして、言葉を失う。そこには、電波の遅延到達現象(Long-delayed Echoes(LDE))が、科学者によって、本当の地球物理学的現象の側面から真剣に論じられているのだった。その記事は、非科学的な説まで含めて、LDEをあらゆる角度から議論したものだった。

そして元少年は、更に打ちのめされる。なんと、この権威ある地球物理学会誌の議論の中に、ダンカン・ルナンの名前を発見する・・・・。

ただし、彼は、ダンカン・ルナンは、「スコットランド技術研究協会教授」としてではなく、SF作家として紹介されていた・・・。 
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少年の心
「少年」とは、電波伝搬研究で有名なアマチュア局、DF5AI局であり、これだけで映画になりそうなこの話は、実話である。SWLに夢中になっていた少年が物理現象の不可思議に大いに興味を抱き、探求しようとする過程に、我々は共感を覚えざるを得ない。

LDE(Long-delayed (Radio) Echoes)とは、発信した電波が、発信から数秒遅れて、エコーのように到達する(自分のところに戻ってくる)ことが観測される現象である。2.7秒以上の遅延をLDEと呼ぶ説*注)もあるようだが、実際には、1秒未満の短い間隔のものから、数十秒後に受信されるという例も報告されている。光速にほぼ等しい速度で伝播する電波が、忘れ去られたエコーのように数十秒後に自分のところに戻ってくることなどあり得るのだろうか?SWLに夢中だった少年は、この電波現象の不可思議さに、さぞ心惹かれたに違いない。

LDEが最初に観測(報告)されたのは1927年とされる。オスロ(ノルウェー)の民間の技術者が、ドイツの短波放送局を受信中に、エコーのように、本当の信号の受信から数秒遅れて到達してくる(受信される)第2波を受信した、と報告されたのが最初である。その後、戦時中の休止期をはさんで、アマチュア無線家グループも含めて、研究者・科学者により幾度となくこのエコー(遅延波)現象を捉える検証実験が試みられてきた。検証実験だけでなく、通常のアマチュア無線の交信でもこの現象は報告されている。また、HFだけでなく、EMEなど、V/UHF帯域でも観測されている。(EMEでは、月-地球間の通常のディレイ時間に更にディレイが加わる。)

今では、その現象が極めて稀なものでありながら、その存在を肯定する意見の方が大勢のようだが、その発生原因については今もって科学的に明らかになっていない。例えば電離層間をダクトのように反射しながら伝播し、最後に地上に信号が降りてくるという説もあるが、秒速30万キロの電波は1秒で地球を7周半もしてしまう。数秒遅れるためには、地球を何十周も回らねばならないことになる。地上の何者か(もちろん地球外生物でなく)が、受信した電波を鸚鵡返しに再送(リピート)しているのだ、といった異論を信じる人がいても不思議ではない。

自分が発信した電波を、数秒から数十秒後に受信する・・・そんな魅惑的な経験は、無線家なら誰でも経験したいところだ。しかし、DF5AI局のように、少年の頃に抱いた素朴な疑問や好奇心が、やがていつか科学を前進させ、謎を解き明かしてくれるに違いない。
                                          (’09/9)


* 注):2.7秒で区切るのは、単純に、月に反射して戻ってくる通常の電波の遅延時間が2.7秒であるからということで、要は2.7秒以上が「本物の」LDEだ、という解釈であるに過ぎない。2.7という数字自体に取り立てて意味があるわけではない。



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