エッジワース・カイパーベルト                


天文学的数字
われわれの「現在」は宇宙の時間軸のどこに位置しているのだろうか?宇宙が誕生したのは約140億年前。よく言われる喩えでは、ビッグバンで宇宙が誕生したのを1月1日午前0時0分とし、「現在」までの時間を1年間とすると、人類が誕生したのは、なんと年も変わろうかという12月31日の夕方、産業革命が始まるのが、実に午後11時59分59秒過ぎだという(もちろん大晦日の)。人類の歴史などは、宇宙から見れば端にも棒にもかからないくらい、ちっぽけなものだ。天文学的数字、という形容があるが、天文学関係の話を聞いていると、想像を絶する途方もないスケールの大きさに、なんとも頭がついていけなくなる。

時間よりもっと鮮明なのはもちろん物理的な距離だ。地球から、観測される最も遠い銀河まで130億光年、太陽系が属する銀河系の直径が10万光年、最も近い隣の星までは4.3光年だと言う。光年ではなく、もっと小さな尺度である「天文単位」(1天文単位=1AUは地球と太陽の平均距離)でいくと、最も近い隣の星まで27万天文単位(27万AU)、太陽から太陽系外縁天体である冥王星までが、39.5AU。隣の星対冥王星までの距離が、27万対39.5なので、太陽系ぐらいだったらまだ頭もついていけそうな気がするが、しかしそれですら、想像を絶する世界ではある。

かつては太陽系の最も外側の「惑星」とされていた冥王星の更に外には、おびただしい数の天体群が存在するエッジワースカイパーベルトと呼ばれる地帯があるという。(冥王星もその一部。)その向こうには、オールトの雲(オールト雲)と呼ばれる彗星の起源になる天体群が拡がるという。オールト雲は、地球で観測される彗星の軌道を計算して、彗星を生み出す揺り篭のようなものがそこに存在するという仮説をたてた、オランダの天文学者オールトの名に基づくものだ。エッジワースカイパーベルトは内オールト(オールト雲の内側)に存在するとされる天体の密集域だが、こちらも、その存在を提唱した天文学者エッジワースとカイパーの名前に由来するものだ。

肉眼でも見えるアンドロメダ銀河。でも230万光年も離れているという。

天文の世界と無線とどういう関係があるのか?、と聞かれたいところだろう。

前回LDE(Long Delayed Echoes)の話をしたが、このLDEは、実はエッジワースカイパーベルトに存在する天体群(反射物体?)により引き起こされている、と唱える日本人のアマチュア無線家がおられる。すなわち、たとえば80mバンドの電波は、地球の電離圏をつきぬけ、冥王星の外まで到達し、エッジワース・カイパーベルトで反射されて帰ってくる電波がLDEの正体である、というのである。常識的な無線家なら一見(一聴)して、「そんなバカな」と一笑に付すかもしれない。そもそも太陽から冥王星までの距離(地球を基準にするとややこしいので)は、前述の通り39.5AU(1AUは約1.5億キロ)、つまり、ジェット旅客機(笑)のスピードで移動して677年、光速でも5時間半ほどかかる距離であり、往復は当然その2倍の距離なので、エッジワース・カイパーベルトで反射して戻ってくる電波の電界強度など計算するまでもなく、話にもならない、というのが最初の印象だろう。

一般に、電波の輻射源として、概念上のアンテナを仮定し、その輻射源からすべての方向に等しく電波が輻射されたとする*1と、ある空間上の一点(受信点)の電力は、その一点と輻射源を半径とする球面上の一点が持つ電力密度(電力を球の表面積で除したもの)に相関するので、受信点の電力は半径r=すなわち輻射源と受信点の距離の2乗に反比例する、というのはどの教科書にも載っている話である。これは、一点の電力(=一定値)が輻射源から球面状に拡散していくと考えれば、距離が離れるに従って、球の表面積(4πr2)も大きくなるから、球面上のある一点の電力も「薄まっていく」(つまり表面積の電力の総和が輻射源の電力に等しい)ということは、容易に想像できるので、感覚的にも理解しやすい。

このカイパーベルト説のように、LDEの受信波は、輻射された電波が、ある点で反射されて再び戻ってくるものである、という仮定に立てば、レーダーの反射波と同様に、信号が戻ってきて受信される時の電力は、反射面の(有効)面積に比例し、距離の4乗に反比例することになる。つまり、反射点での電力密度は前述の通りr2に反比例し、さらに、輻射源に戻る場合は反射点を新たな輻射源とみなせる(=反射点からまた球状に拡散していく)から、元の輻射源に戻ってきた時は、r×r=rの4乗に反比例するということである。*2


エクボの秘密

 こちらはカラオケでも人気。
♪♪エクボっの~、ひみつ、あげたーいーわ~、と唄っていたのは、80年代のアイドル歌手だが、それはさておき、それでは、なぜ、40AU以上も遠く離れた距離にあるエッジワースカイパーベルト天体(=EKBO、Edgeworth Kuiper Belt Object)、もしくはそれらの天体が引き起こす電離雲のようなものに反射された電波が、地球で送信者に捉えられるのか、ということである。r(距離)の4乗に反比例するのだから、まともに考えれば、そんな「天文学的に」小さな電力(仮に反射して戻ってきたとしても)など、検知できないはずである。その理由は、その反射物体が、地球(輻射源)から見て球殻状に存在するからである。(という)

実は、「球殻状」というところがミソで、つまり球殻状ということは、輻射源から反射物までの距離が全方向に対してすべて等しく、どこをとっても入射角・反射角が0度ということである。(90度と言った方が分かりやすいか?)したがって、便宜的に実際の伝播時の伝播損失と反射時の損失がないとすれば輻射した電力がそのまま戻ってくることになる。(実際は、反射物が完全な球殻にはなっていないだろうし、地球の電離層の第一種減衰、EKBOの電離層?での第二種減衰他、伝播上損失がないことは有り得ないだろうが。)イメージとしては、空洞の球の中心から発された電波が、反射損失のない球の内面で反射し、球の中心に再び戻ってくるのと同じである。全方向での反射があれば(全反射)、戻ってくる電力の総和は、距離に関わらず発信時と同じ、すなわち、電力損失はゼロというのが、この説を唱えるTZ6JA局小原さんの主張であると思われる。

実際には、エッジワースカイパーベルトはディスク状なので、全天からの反射はない。(ディスク状の360°全方位からというのはあるかもしれない。)小原さんもLDEは、EKBOにより部分的に形成される球殻状の「惑星間電離層」からの反射ではないか、という。部分的に、とは言っても、たとえば視野角?0.1度(中心から見てコーン状0.1度)に相当する球殻の表面積は全体の表面積の約0.000076%(7.6×10-7)に相当する。この比率は距離には関係しない。したがって、視野角0.1度の部分球殻と言えども、完全な反射であれば輻射電力の0.000076%が戻ってくることになる。*3

一般のHF通信でも、地球上で最も遠い位置にある地球の反対側の局(たとえば日本から見てアルゼンチンなど)と、それより近い距離にある局と交信するよりはるかに容易に交信できてしまうことがある、「対蹠点効果」(=地球の反対側にはすべての伝播パスが集まり信号強度が上がる)と同じようなものである。いずれにしても、宇宙空間のこれ位の距離になると、何らかの焦点効果を考えないと無理な話である。この説では反射物が、球殻状というのがポイントである。実際、LDEが送信者に聞こえているとき、同じ周波数で、あたかもその信号が存在しないかのように、他の局がかぶせるように通信を行うことがあるらしい(つまり、LDEはその局には聞こえていない)。また、LDEの場合、自分が送信した信号は聞こえるのに、送信時に通信していた相手の信号は聞こえないというのが通常であり、これらの状況は焦点効果のピンポイント性を物語っているのかもしれない。

LDEによく共通する特徴の一つとして、周波数偏移があげられている。つまり反射物体が高速で移動しているために、戻ってくる電波がドップラー効果で周波数偏移を起こし、受信される反射波は送信周波数とオンフレではないということがよくある。ドプラー偏移にしたがえば、この「球殻状の反射物体」も、秒速+25Km~-17Km程度で動いている(遠ざかっていたり、近づいていたり)と思われるという。Webでみただけでも、世界では少なくない数のアマチュア無線家が、LDEを録音されているが、中には水中で音を聞いているような、なんとも独特な音のものもある。



天の川:われわれの銀河を内側からみたもの。

惑星間電離雲
ところで、このLDEの議論は、科学的にメカニズムが解明されていないミステリアスな現象という点で、どことなくUFO(空飛ぶ円盤)の議論に似ているところがある。しかし、UFOの場合は、目撃談、写真やビデオなどの証拠?がたくさん揃っているにも関わらず、その存在は今ひとつ科学的に認知されていない。第二次大戦後から、ラジオやテレビ(ドラマ、アニメ、ドキュメンタリー?など)、出版物や映画などのマスメディアの世界であれだけ取り扱われ、すでに我々の社会や文化の一部として認識されているにも関わらず、である。

LDEの場合は、UFOほど現象自体がポピュラーではないが、発生の原因がわからないだけで、その存在自体は、いずれも肯定的である。実際、最近では、この現象を報告されているのは、主にアマチュア無線の実績あるトップバンダー・ローバンダー達であるという点からしても、報告件数に関わらずその存在自体は疑う余地はないようにも思われる。もともとアマチュア無線の場合、同じような時刻に、同じような周波数で、毎日運用する機会が多いのと、商業通信とは違い、交信すること自体が目的であるから、バンド内のワッチも熱心に行っている。有力なトップバンダーになればなるほど、運用時間も長いはずだから、LDEに遭遇するチャンスが多くなるのも、当然の帰結かもしれない。

2008年2月15日夜、私はARRLのDXコンテストに参加していた。午後10時ころ、私は3.530MHzで、フルブレークインでCWを運用していたが、ブレークインの合間に私とまったく同じ周波数で、私と同じような信号を送っている者がいることに気づいた。私が交信局に信号を送信するたびに同じような信号を返しているようだった。最初は、別の局が、私をDX相手と勘違いして、信号を返しているのだと思ったが、どうにもうっとうしい。ところが、3回ほど周波数を変えてみても、同じことが起こるではないか。どうもおかしいと思い、クリアな周波数に移って、ドットをいくつか送信してみた。すると、零点何秒後かに明らかに戻ってくる自分の信号が聞こえてくる。使っているトランシーバー(ヤエスFT-1000D)の調子のせいで聞こえるのではないかとも思い、念のため、ドレークの昔のビンテージトランシーバーに切り替えてみたが、結果は同じだった。(W2PA局Web Siteより)

日本のアマチュア局の例では、数秒などというケチなLDEではなく、数十分から、24時間以上遅れて確認された例が報告されているようだ。小原さんのEKBO仮説も、主に10時間以上の長い遅延時間のLDEを説明するもので、1~2時間程度の遅延のLDEについては、木星の軌道近くの、トロヤ群と呼ばれる3,200を超える小惑星群がつくる電離雲?からの反射ではないか、とか、8秒程度のディレイについては、地球と太陽の重力が織り成すラグランジュポイントに集まった小天体群による電離雲による反射ではないかというような説も別に存在している。LDEは1秒に満たないものから、一日以上に及ぶものまであるので、要因は一つではなく、それぞれ違ったメカニズムに基づくものであると考えるほうが自然なのかもしれない。

地球を中心に反射物体が球殻状に拡がるというのは、なんとも天動説を唱えるようなものだと見えるかもしれないが、おそらくこの説では、太陽も地球もほぼ近似的に同心と考えているのではないかと思われる。地球の公転や自転の位置関係と「電離雲」の発生タイミングをどう考えるのかといった疑問は残るが、スケールが大きすぎるからという理由だけで「そんなバカな」と、考えることはできない。太陽風の存在等を考えると、少なくとも当局のような天文知識のない者にとっては、可能性があるようにも思われるが、なんともその理論的合理性の判断はできない。

問題は、まず観測されている事実を、素直にどう捉えるか、ということではないだろうか。
                                   ('09/12)

*1:この概念上の等方性の(isotropic)状態を基準にゲインを表現したのが絶対利得。よくあるアンテナの利得表示「xxdBi」のiはisotropicを指す。

*2:爆撃機や戦闘機にステルス機があるが、ステルス性とは如何にレーダーに捉えられないかということであり、言い換えれば、いかに輻射源(=レーダー)に反射波を返さないかということである。アプローチとしては、有効反射面積を極小にする、あるいは、反射しても輻射源に反射波が戻る確率を極小にする等がある。反射面積を極小にするには機体を曲面で構成して拡散させたり、確率を少なくするには、同一面を向いた平面で機体を構成する(=反射しても、あさっての方向に反射させる)等の方法がとられる。

*3:このEKBO説では、LDEは、上記*2の全く逆であることがよくわかる。



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