T-1からの手紙

ナショナルの市民ラジオ検定機第一号、T-1。検定合格は昭和37年(1962年)1月1日である。製品には、ラジオ事業部長のTKさんからのメッセージがカードのように入っている。
メッセージは、今となっては電気製品に挿入されたあいさつ状らしからぬ一文で、こう始まる。

『あなた様にはいよいよご清祥のことと心からおよろこび申し上げます。』

この時ナショナルは、既にラジオを1500万台も生産し、世界120カ国に輸出していた、とある。

『あなた様にお買い上げいただきましたこの製品は、世界一の製造経験から完成した、完全な”品質管理”やきびしい”性能テスト”を実施する近代工場で、一人一人の真剣な仕事を、一台一台につみ重ねて生み出されたものでございます。』

高度経済成長に入り、日ごとに生活が豊かになっていく、日常生活の夢のようなものを感じる。カードの表紙も直感的に那須にあるような牧場の草原の風景、これから無限に広がっていく可能性のようなものを象徴するかのようだ。まじめに働いていれば収入が増えていく、そして経済が成長し、人々全体の生活も豊かになる。今に比べれば日本経済も人々の生活も希望に満ちていた時代だ。特にこのメッセージの「一人一人の真剣な仕事」という言葉に注目したい。しかもそれを「積み重ねている」、というのだ。2011年の現在、今我々は不真面目に仕事をしているというつもりは無論ないが、この文章に記されたような真剣味の迫力さをこれほど感じることはあるだろうか?

そしてメッセージ面には、その近代工場で「一台一台真剣に」製品が組み立てられている写真が挿入されている。






我々はどこに向かおうとしているのか
LGやサムスン、現代自動車に代表される韓国は、リーマンショックを除けばここのところ5%から6%の実質GDPの成長率を誇っている。今までアジアへの日本の製造業の進出先といえば、中国やタイ、マレーシア、ベトナムなどASEANが中心で、距離の近さも手伝ってか、なかなか韓国に進出する企業は多くはならなかった。しかし、遅ればせながら今や日本の産業の高度な技術力の底辺を支えているユニークな技術をもった中小企業や電子部品メーカーも韓国立地を始め、韓国進出が現在のトレンドになっている。

歴史は進化する。高度な技術力はともかく、日本はもう胸躍らせるような人生を送らせてくれるような環境には二度戻ることはないというのだろうか?

メッセージは最後にこう締めくくられている。

『どうか末長くご愛用のほどを、そして毎日をよりたのしくおすごしくださいますよう……
末筆ながらあなた様はじめ、ご家族みなさまのご多幸を、心からお祈り申し上げます。
松下電器産業株式会社・ラジオ事業部 事業部長○×△□  』


そう、今でも、毎日をよりたのしく過ごす(過ごせる)ことが重要だ。この時代の人々が皆願っていたように…。そのためにはどのようにすべきなのだろうか?
                            ('11/09)

T-1
製造から約50年経過した今でも、全く問題なく動作する。測定器で計ったわけではないが、送信、受信、変調の乗り方、受信再生音、耳と目で確認する限りどれも完璧だ。ラジオ事業部長TKさんの言葉「どうか末長くご愛用のほどを…」という思いは立証された。

定格(「ご愛用のしおり」より)
9石:
発振、局発、混合:2SA70 終段増幅:2SA279 中間周波増幅1段目、2段目:2SA101
低周波増幅:2SB171 低周波出力増幅兼変調:2SB172×2
送信出力:100mW 受信感度:最大 2μV/5mW

トランジスタの「70」と言う数字が時代、というより、歴史を感じさせる。無論プラスチックモールドではなく、スチールのメタルパッケージだろう。しかも、半導体はシリコンではなくゲルマニウムのはずだ。2SB172はプッシュプルだろう。


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