確かに波照間島まで届いていた
本州の人間から見ると、石垣島の方には大変失礼な話だが、沖縄本島も石垣島もロケ的には一緒くたになっている人が多いのではないか。実のところは、石垣島は那覇から420Km離れている。
24日に移動した波照間島は、与那国島の南に位置し、石垣島より更に南西に50km離れている。緯度的には、すでに石垣島で台湾のタイペイより南、波照間島には日本最南端(有人)の碑がある。

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以前、JH1HUK大島OMが沖縄県北大東島より430でのDXをよくやられているのをCQ誌で読んでおり、当時UHFでのDXには興味のなかった当局だが、その内容は、無線家であれば誰しも興奮を覚えるようなすばらしい内容であった。
その記憶もあり、CBの沖縄運用は、当初は大東島で計画を試みたものの、有休1日しか取れない貧乏サラリーマンの当局には、大東島はアクセスの飛行機の便が悪く、時間のロスが多いため断念、どうせなら南の果てでやろうということで便数の多い石垣島経由での波照間島での運用を計画する。しかし、Es発生頼みのロッドアンテナ+500mW QRPでは、いきなり3日間石垣&波照間島運用ではリスクが大きい。2日間は沖縄本島運用+波照間島運用1日+隙間の時間石垣島運用という計画を組んでみる。沖縄本島からは、昨年(’06年)恩納村から運用して、2、3、0エリアと交信実績があるので問題ないと思われた。

沖縄までどうやって移動するか?セントレア発の沖縄往き始発は、8:50分発で、土曜日の貴重な運用時間を相当ロスしてしまう。そこで6:20分羽田発那覇往きの始発を狙うが、このJAL便に乗るには、名古屋からだと前泊か夜行しかない。

6月22日金曜日の夜、「『ムーンライトながら』で沖縄に行ってくるよ」と、家族に夏向きのオヤジギャグを飛ばして、家をでる。
23:55分名古屋発の「ムーンライトながら」は、快速夜行電車ながら、特急に使われるような車両だ。金曜の夜にもかかわらず隣も空席で、のんびりと心地よい時間が流れる。
朝4時を回り、空も白み始め、相模川にさしかかる。見たことのないオレンジ色の朝焼けの美しさに、うつろうつろしていた目がいっぺんに覚醒する。
品川でも浜松町でも乗り継ぎ時間は4分だ。小型スーツケース、肩下げボストン、釣竿ケースを担いでの移動が気を揉ませる。

羽田の始発便は737の小さい機体で、飛行機は文字通り満席。出張でも何でも、飛行機は当局にとっては常に「寝る場所」である。一眠りしている間に那覇空港に到着した。レンタカーを借りる時間はもったいない。昼食用おにぎり&お茶を仕入れ、即タクシーで移動を開始する。目的地は南城市安座間サンサンビーチ。車で約45分、サンサンビーチへ到着したのが10:20過ぎ。タクシーの中で11mリアル板を見ると、「まだ沖縄が聞こえないぞ!」との書き込みが...。10時からQRVの予定が、20分以上の遅刻だ。

安座間サンサンビーチは、沖縄らしい白い砂浜と、快晴のもと、紺青の海が広がっていた。本土と違い海水浴客はまばら。こんなにきれいな海なのに(人が少なくて)もったいない、と思いつつ、ビーチの先に突き出た堤防へ、スーツケースをコロコロ転がし直行する。ライフガードのきょとんとした視線など、上の空だ。はやる気持ちを抑え、長袖(日焼け防止)+長ズボン+サングラスに帽子という、おおよそビーチには似つかわしくない怪しいいでたちで、スーツケースを開封、87Rを取り出し、さっそくワッチを開始する。


2007沖縄