どこへいく?無線機メーカー
                


leading edge
アマチュア用の無線機についてはQRPなどの特殊な用途のリグを除けば、日本は最強の環境にあると言える。実際、世界で使われている一線級のリグはほとんど、ヤエス(バーテックススタンダード)、やアイコムといった日本製であることは間違いないだろう。

日本のアマチュア機器メーカーを世界のリーディングメーカーにまで育て上げ、その存在を支えてこられたのは、日本のハム人口の大きさにあったこともおそらく間違いない。一時期よりはかなり減少しているとは言え、日本国内のアマチュア局数は相変わらず世界有数である。その是非はともかくとして、簡単な養成課程の導入や小中学生でも容易に合格できる無線従事者試験でもって、長年にわたりアマチュア局を濫造したことが、日本のマーケットを大きくし、ひいては日本の無線機器メーカーを世界で有数のリーディングメーカーに仕立て上げるために有効だったことは、おそらく事実である。

しかし、こうして日本で育て上げられたハイエンドの技術はどこへ行くのか?

通信機器を契約で納め、米国の国防省等が大のお得意さんのひとつでもある日本のメーカーがアジアの怪しい国の企業に買収されるようなことがもし起こるとすれば、大げさに言うと、アメリカの国防上の問題にもなりかねない。それらの技術の行方は、こと日本に限った問題ではない一面もある。

2007年、「ヤエス」や「スタンダード」ブランドを擁するスタンダードは、米国のモトローラ社にTOBにより買収され、上場を廃止、現在ではモトローラの子会社になっている。アマチュアの世界では、今でも「ヤエス」、「ヤエス」と言って、うれしがって使っている人も多いが、もはや会社の支配権がモトローラ社にある以上、経営方針がいつどのように変わるかは全く不明である。バーテックス・スタンダードの場合は、幸い、同じTOBでも「友好的TOB」であり、また経営を引き継いだ企業がたまたま同様の通信機事業を持つ米国企業であったから、買収されたとたんに、コロリとわけの分からない国の経営陣に変わるということはなかったが、それでも日本の農耕民族の感覚で、今の状態が永遠に続くと考えるのは余りに楽観的である。

アマチュア無線機器業界ではその昔は三羽烏と言われたケンウッドの方は、日本ビクター(JVC)との間で、2007年の共同開発会社の設立に始まり、’08の共同持ち株会社の設立と、兼ねてから完全な統合に向けて着々とステップを踏んできたが、今年10月に株式会社JVCケンウッドとして、最終的に経営統合を完了し、新たな経営に向かって更に一歩踏み出した。今後「JVCケンウッド」として、主に車両用のレジャー用無線通信機器というニッチなマーケットに対し、将来的にどう向き合っていくのかその舵取りが興味深いところである。





どこへ向かうのか?
現在はアマチュア無線機業界では双頭をなす、I社の場合はどうなのだろうか?・・・・・
当局の個人的な印象としては、今となっては上場している意味合いが余り見受けられない。というより、株式を上場していることで、買収(される)リスクを増大させているようにも思える。もちろん、歴史を無視して結果論でものを言うのは簡単なのだが。

I社のBS(バランスシート)は優秀だ。現預金は282億円、利益剰余金は289億円ある。(2011年3月期)借金はほとんどなく、したがってD/Eレシオはきわめて低く、裕に0.1倍以下。

借金をしないことは、それはそれでよいのかもしれないが、しかし株主である投資家から見れば、もっと借金をしてレバレッジを効かす経営をしたらどうか、と言う意見が出てもおかしくない。特に、外国の投資家から見れば単に借金をしないだけの経営というのは、「能がない経営陣」と捉えられかねない。またそうした捉えられ方が、買収する側のM&Aの大きな口実ともなり得る。企業価値を高めるような事業活動も期待できずに、利子程度の配当しかえられないようであれば、銀行にお金を預けているのと一緒で、銀行に預金するよりもリスクが高い、「会社への投資」は全く意味がないということになる。銀行にあずけるのではなく、会社に投資している以上、金利よりはるかに高いリターンがあってしかるべきだが、こうした株主の期待収益を無視する形になるからだ。

逆に言うと、思い切って借金をしてレバレッジを効かせるほどの投資アイテムがついぞ見出されていない、つまり、投資したくても投資するものがないのだ、と良心的に解釈することもできる。I社は最近までパソコン関連事業でも投資を行ってきているが、このセグメントは営業赤字のままである。他に何か投資アイテムがないのか?という社内の切なる声が聞こえてきそうな気もする(笑。

剰余金がそこそこあることも買収リスクを増大させる場合がある。基本的にそういう会社は、キャッシュの創出力が高い場合が多く、目を付けられ易い。技術はどうか?研究開発費用は、毎年平均25億~26億円をつぎ込んでおり、これは売上高比で10%程度と高い比率である。この比率は無論業種によりかなりばらつきがあるが、一般的な製造業であれば3~4%程度が普通だから、少なくとも絶対的な尺度でみればかなりのR&D志向の会社と言える。特にアマチュア機器メーカーとしては世界のリーディング企業であるから技術的な定評はもとより高いわけで、ブランド価値とあわせ、こうした無形資産価値が高い点は買う側からすれば、いろいろな意味で非常に「おいしい」材料である。


上場している以上は、どの会社も被買収リスクは避けられず、敵対的買収を阻止する決定的な対応策はない。防衛策の一つである「ポイズンピル」は、確かにある程度有効ではあるが、飲んだら(買収したら)自らがやられますよ、という抑止力の範囲に過ぎず、決定力にはならない。阻止するための決定打は、最近実例が増えてきたMBO(Management Buy Out:経営陣による買収)などにより上場を廃止し会社をプライベート化することだが、このスキームはまだまだ日本の社会にとって馴染みあるものではなく、大企業は言うに及ばず、一度広く公開されてしまった上場企業にとっては、言うは易く行うは難しである。また資金調達一つをとっても、ファンドの力を借りなければならなかったり、純粋なMBOやMEBO(経営陣及び従業員による買収)というのは非常にハードルが高く、MBO本来の意義を完遂できるケースは稀なのが現実である。

I社というと、趣味の無線家からすると、アマチュア無線機器メーカーの印象が強いが、アマチュア機器の売り上げは全社の17.8%に過ぎない。柱は陸上用通信機器であり、売り上げの7割は海外マーケットでの売り上げである。売上高はリーマンショック前の2008年3月期の331億円に比べると、2011年3月期は225億円と3割以上減少している。売り上げ高減少により営業利益は48億円から7億円に激減しているわけだが、この間為替(円/ドル)は17%下落(円高)するとともに、売上高原価比率は約6%上昇している。数量差要因もさることながら、円高により売り上げが減少した分がモロに利益減につながっているということは想像に難くない。為替リスクを回避するには、例えば製品のドル売りの売上高分に見合うだけ、調達部品等のドル払いを均衡させてマージさせるというのが、最も基本的な対応だが、例えば部品サプライヤーなどは認証や承認等に時間がかかり一朝一夕にできるものではなく、マージでさえまだまだ追いつけない歯がゆさが見て取れる。

海外展開を進めている製造業の企業においては、グローバルの地域別セグメントでみると、稼ぎ頭は中国やタイ等の東南アジア地区である会社が多いというのが最近の傾向である。I社の場合は海外シフトしていないので、製造拠点は日本だけである。製造面でのグローバル化というのは、もはや時期を逸した議論だが、日本にいる以上は、今後も高い製造コストの負担と、利益が出る限りにおいて、40%という高い法人税等を支払い続ける覚悟をしなければならない。(つまり、海外子会社との連結上で実効税率を下げることができない。)当分続くと想定される円高の中で、どういう経営の指針を打出し、実行していくのかは、その日本で培ってきた無形資産価値の行方と合わせ、われわれ無線家にとっては、どうも他人事ではないように思われるのである。
                                   ('11/11)





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